ねらい

   ☆ 日ごろの母の愛に感謝する           

    

   アンナ、ジャーヴィス(Anna M Jarvis)という女性が、
自分を苦労して育ててくれた母親の命日に追悼の意を表し、
フィラデルフィアの教会で「亡き母をしのぶ」という花言葉の
白いカーネーションを霊前にたくさんたむけ、母親を偲んだ
というのです。このことが参列者に大きな感動を与え、
全米へと広がっていきました。これを期に、アンナは支援者
と共に母に感謝の気持ちを捧げる休日を作るよう、議会に
呼びかけました。やがてその声は大統領にまで届き、1914年の
アメリカ議会では、5月の第2日曜を「母の日」と定め、国旗を
掲げてお母さんに感謝の意を示すこととなったのです。

    こうして、「母の日」は世界中へと広がっていきました。
 日本に母の日が伝わったのは、大正時代、当時青山学院の教授
だったアレクサンダー女史により紹介され、キリスト教関係の
団体が中心になってこれを広めました。昭和に入り、3月6日の
皇后誕生日が母の日となりましたが、戦後、本家にあわせて
現在のかたちになりました。当時、母性愛を表す
カーネーションの赤い花は母が健在なる人、
母が亡くなられた人は白い花を胸に飾り、母への感謝の意を
表わしましたが、業界の提唱もあって次第に母に花を贈る
というスタイルになっていきました。

    このようにして母の日にカーネーションを贈ることが定番に
なっていったのです。そして現在ではカーネーションを贈る
という型にはまらず、自分が贈りたいものや母親が望むものを
贈るのが主流になってきているようです。
とはいえ、赤いカーネーションを見ると、なぜだか母親を
思い出してしまうもの。母の日=カーネーションという式は、
日本人の脳裏から当分消えることはないのでしょう。
 
 
 
 
 
 

 

 
 

 

 

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